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丹波慎也ってどんな人だったの?上地雄輔との関係もまとめてみた!

2018/11/18
 







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11月18日に放送される「消えた天才」で取り上げられる元高校球児の丹波慎也さんについてご紹介します。

 

 

丹波さんのことについて知っている方はごく少数だと思います。
最初に申し上げておくと、丹波さんは既にこの世を去っています。

 

 

しかし生前は横浜高校で「歴代No.1」の投手と形容された選手でした。

 

 

ここではそんな丹波慎也さんについてプロフィール17歳でこの世を去った理由
上地雄輔さんとの関係について調べましたのでご紹介します。

 

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丹波慎也のちょっとしたプロフィール

生年月日 1978年
身長 / 体重 184cm / 82kg
高校 横浜高校
兄弟 丹波幹雄(兄・元プロ野球選手)

 

丹波さんは甲子園に出場しておらず、投手として活躍していたのも県大会くらいしかありません。
丹波さんの情報に関してはほとんど残っておらず、
顔写真なんかも一枚も見つかりませんでした。

 

 

もしかしたら11月18日に放送される「消えた天才」で顔写真が公開されるかもしれませんので、次の「消えた天才」必見です。

 

 

ただ現段階でわかっているのは、丹波さんは野球以外にも勉強に関しても優秀で、
文武両道&顔もイケメンという天は二物を与えた存在でした。
まだ先輩後輩の上限関係が厳しかった頃でしたが、後輩にも優しく接しており、誰からも愛されるスーパースター的存在だったそうです。

 

 

選手としての特徴については右投げの投手で横浜高校時代はエースで4番でした。

横浜高校でエースで4番は凄いですよね。
野球の名門校ですから各地から良い選手が集まってくる中で、投げても打ってもチームの中心的存在だったんですから。

 

 

投手として練習試合ながら4試合でノーヒットノーランが2回
4番打者としても3本塁打と驚異的な結果を残していました。

 

 

これはもう化け物級ですね。
もし丹波さんが生きてプロ野球の世界に入っていればもしかしたら大谷選手より先に二刀流として活躍していたかもしれませんね。

 

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丹波慎也は17歳という若さでこの世を去った

 

そんな横浜高校の絶対的エースは17歳という若さでこの世を去りました。
なぜなのでしょうか。

 

 

原因は心臓肥大による急性心筋梗塞でした。

1995年8月17日、寝ている間に息を引き取ったと言うことです。
本当に突然の出来事だったそうで、前日まで元気な姿を見せていたにも関わらずです。

 

 

心筋梗塞を調べてみると主に高齢者の方・運動不足の方になりやすい傾向があるなか、
丹波さんのような10代でスポーツ選手がこのような心臓病で命を落とすことは現代では非常に少ない例だそうです。

 

 

なぜ前日まで普通に過ごしてた丹波さんが心筋梗塞で命を落としたのか、
詳しい理由・原因については明らかになっていません。

 

 

こちらに関してももしかしたら「消えた天才」で新たな情報がわかるかもしれません。
もし何か分かりましたらこちらで追記して生きます。

 

 

あと、もう少し調べてみたんですが、この急性心筋梗塞で同じく急逝されたスポーツ選手がいました。

元横浜Fマリノス所属の松田直樹さんです。
松田さんの場合は練習中に突然倒れて心肺停止のまま病院に運ばれましたが死去しました。

 

二人に共通しているのが「突然死」と言うことです。

 

 

それまで健全だったのに急に命を落としてしまう心筋梗塞。
めちゃくちゃ怖いですね。。

 

 

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丹波慎也と上地雄輔との関係について

出典:antenna

皆さんご存知かと思いますが、あの上地雄輔さんも横浜高校でキャッチャーをやっていました。
丹波さんの一つ後輩にあたり、上地さんが横浜高校に進学しようとしたのも丹波さんの影響があったからだそうです。

 

 

上地さんもまたプロ野球選手を目指していましたが、高校の進学先は当初横浜高校ではなく茨城の常総学院でした。
しかし第76回全国高等学校野球選手権大会の神奈川県予選・準決勝をテレビでみていた時に、初めてそこで丹波さんの存在を知ったのです。

 

 

そこで次々と相手打者を打ち取っていく姿に見惚れてしまい、
「あの人の球を受けてみたい!」と言うことで突如進路先を横浜高校に変更したんです。

 

 

一人の中学生球児の進路先を大きく変える力を持っていたのが当時の丹波さんだったんですね!
その時の丹波さんは高校一年生ですよ!これぞ本物の天才じゃないですか。

 

 

横浜高校時代は丹波さんが投手で上地さんが捕手だったので一緒に練習する機会が多くありました。
そこで意気投合した二人はとても仲が良くて、周りからも「兄弟みたいだね!」と言われることもあったそうです。

 

 

だからこそ丹波さんの急死の時は一番驚いたでしょうし、一番ショックが大きかったと思います。

 

 

ちなみに上地さんはブログで当時の丹波さんとの思い出について記事にしています。
よかったら見てみて下さい。

関連サイト:上地雄輔の大事な思い出

 

 

そうした深い関係のあった丹波さんと上地さんですが、
11月18日に放送される「消えた天才」では上地さんが丹波さんに関する新情報を取材しています。
そこで上地さん自身も知らなかった新たな真実が明かされると言うことです。

衝撃的な新事実に上地さん号泣されたそうですよ。。。

 

こちらに関しても当日に後から追記していこうと思います。

 

 

11月18日追記分

 

丹波さんのお兄さん(丹波幹雄さん)が元プロ野球選手と書いたんですが、
実はお兄さんも慎也さんと同じく野球の天才でした。
しかし、高校一年生の時にヒジを故障してしまい、野球嫌いになって野球部を退部しました。

 

 

しかし慎也さんが亡くなる2週間前に慎也さんからキャッチボールに誘われました。
その際に慎也さんから
「兄貴もちゃんと練習すればまだまだできる。また野球やれば良いのに」

という言葉を貰ったそうです。

 

 

その言葉を貰ってから慎也さんの他界があって、お兄さんは慎也さんの言葉を思い返していました。

「兄貴もちゃんと練習すればまだまだできる。また野球やれば良いのに」

弟はプロ野球選手になる事ができなくなったしまったのに自分の体はまだ動く。
お兄さんは慎也さんの無念を晴らすために4年のブランクがあった野球を再開しました。

 

 

小さな野球クラブチームに所属して2年後の1998年秋のドラフトで、
ヤクルト8位で指名しました。

 

まさに奇跡が起きた瞬間ですよね。

 

 

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まとめ

 

いかがだったでしょうか。

今回は元横浜高校球児の丹波慎也さんについて取り上げました。

今から次回の「消えた天才」が待ち遠しくて仕方ありません。

 

早く新情報が知りたいです!

 

その他にも・・・
当サイトでは「消えた天才」取り上げられた方の記事をいくつか書いています。

もしよろしければそちらも御覧ください<(`・ω・´)

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