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大谷佐知子は今何をしているの?職業とプロフィールもまとめてみた

2018/11/14
 







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9月29日から始まっている女子バレーの世界選手権。
皆さん昨日のアルゼンチン戦は観ましたか?

 

 

日本は3-0のストレート勝ちで幸先の良いスタートとなりましたね!
ちょっと圧倒的な感じもしましたしね(`・ω・´)ゞ

 

 

そんな中、現在の女子バレーの監督、中田久美監督っていますよね。
中田監督が学生時代の頃に選手として
唯一勝てなかった天才が一人いたそうなんですよ。

 

 

それが大谷佐知子さんという方です。
今は一般人ですが大谷さんもかつては女子バレーの日本代表として中田監督と共に活躍した選手でした。

 

 

その大谷選手に当時の中田監督は手も足も出ないほどの実力の持ち主だったのです。

 

 

ここではそんなバレー天才選手だった大谷佐知子さんのプロフィール
現在の仕事について調べましたのでご紹介します。

 

 

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大谷佐知子のちょっとしたプロフィール

出典:素顔の記録

新姓 松野佐知子
生年月日 1965年8月3日(53歳)
出身地 大阪府吹田市
身長 / 体重 178cm / 74kg
ポジション ミドルブロッカー
中学 / 高校 大阪市立蒲生中学校→四天王寺高等学校

 

言い方めちゃ失礼かもですけど、強そうですよね!←

 

 

大谷さんがバレーを始めたのは何と中学二年生の時です。
天才と言われた選手のバレーデビューは意外と遅かったんですね。

 

 

それからわずか一年後の中学3年生の時に当時の全日本女子バレーボールチームの監督を務めていた山田重雄氏に抜擢されて全日本入りを果たします。

この時は中田久美監督も一緒に招集されました。

 

 

バレーを初めてたった一年で全日本入りって・・・やばすぎでしょ。

 

 

でも調べているとバレーを始めてからは本当に毎日バレー漬けだったそうで、一日10時間以上練習してたんだとか!

 

しかもポジションがミドルブロッカーなので主にブロックの練習をやっていたってことですからね。

 

 

その後高校進学後はエースアタッカーとして活躍し、インターハイ・国体・春高バレーなどで無双していました。

 

 

1983年にはアジア選手権で優勝し、その後のロサンゼルスオリンピック出場権を獲得しました。

ロサンゼルスオリンピックでは3位(銅メダル)でした。

 

 

その後、高校卒業後にカネボウへ入社して日本リーグで活躍しました。
途中東北パイオニアに移籍もありながらプレーし続け、1999年に現役引退。

 

社会人バレー歴は16年でした。

 

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大谷佐知子の全日本歴はロサンゼルスオリンピックまでだった

 

天才と呼ばれた大谷佐知子さんですが、全日本代表として活躍したのはロサンゼルスオリンピックまででした。

 

それ以降の日本代表には選出されずにずっと国内のリーグでの活躍となってしまっています。

 

 

これは一体なぜなのでしょうか??

 

ロサンゼルスオリンピックで銅メダルを獲得したんですから、大谷さんも相当活躍されたはずです。

 

 

「なのにそれ以降の全日本入りは果たせなかった理由とは?」

 

 

これに関して一つの噂話がありました。

 

当時の全日本監督であった山田重雄氏日立武蔵の監督も兼任しており、
そこで合計18回のリーグ優勝をもたらした名将でもありました。

 

 

中田監督大谷さんも山田重雄氏からバレーの指導を受けていたこともあり、
ちょっとした師弟関係にあったんですね。

 

 

そのため、大谷さんの高校卒業後は日立に入社してその後も山田重雄氏の弟子として指導していくはずだったのがカネボウに入社したという事で、山田重雄氏が腹を立てて大谷さんを全日本から排除するようになったという噂があったそうです。

 

 

要するに大谷さんは干されたということですよね(´・ω・`)

 

 

ただこれに関しては単なる噂であり、真実かどうかは分かりません。

 

 

でももしこれが本当なら大谷さんは山田重雄氏と相性が悪いと判断したのかもしれませんね。

スパルタ指導で有名な人だったそうですし。中田久美監督も山田重雄氏によく怒られてたそうですよ。

 

 

その時の動画がyoutubeにありました!

関連動画:1984年 ロス五輪女子バレー特集

 

当時の中田久美選手がシュンとしてるのが新鮮すぎた笑

 

 

この件の詳細については本日9月30日に放送されるTV番組『消えた天才』(後9:00~10:48)明らかになります。

 

 

<10月6日 追記分> 真実について

 

大谷佐知子さんの日本代表歴がロサンゼルスオリンピックで終わってる理由が判明しましたね。

 

 

練習中による怪我が原因だったそうです。

 

 

ソウルオリンピックの1年前の1987年のある日、滝のような汗をかきながら猛練習していた大谷さんは、スパイクを打って着地した際に汗で足を滑らせ、右膝が逆の方向に曲がったそうです。

 

 

この怪我により、右膝の靭帯を断裂しました。

 

 

手術をしてリハビリするにしても1年はかかると言われた大谷さんの怪我でしたが、大谷さんは結局手術をせずにソウルオリンピックで活躍するために無理をしながら練習していたそうです。

 

 

Q.ではなぜ、手術をしなかったのか。

 

 

これは中田久美監督と大谷さんが交わしたある約束事を守るためだったのです。

 

 

「ソウルオリンピックでは私達二人が活躍して、優勝しよう!!」

 

 

という約束を大谷さんは守るために手術を拒み、無理をしながら何とかしてソウルオリンピックに出場しようとしたんです。

手術してリハビリをしていたらソウルオリンピックに間に合わないからなんですね。

 

 

なんか素敵じゃないですか?
当時の若き二人の熱い友情が伺えますよね。

 

 

しかし結局大谷さんは無理をしたためソウルオリンピックには出場できず、その後も日本代表には選ばれませんでした。

 

 

噂の話は本当にただの噂でしたねw
真実はぜんぜん違うものでしたからw

 

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大谷佐知子は今何をしている?

 

大谷佐知子さんは現在何をされているのでしょうか?

 

 

調べた所、現在は特定非営利活動法人の「MIPスポーツ・プロジェクト」という団体に所属し、そこでバレーボールの指導をされているそうです。

 

MIPスポーツ・プロジェクトとは

 

この法人はスポーツ選手及び子供から高齢者まで幅広い人々に対し、スポーツに関する事業を行い、スポーツイベント、セミナーおよびトレーニングプログラムの研究と普及等をとおし、

モラル、インテリジェンス、フィジカルのバランスが取れた人間形成の実現に寄与することによって、スポーツ文化の向上を目指すことを目的とする。

 

出典:NPO法人データベース NPOヒロバ

 

という団体だそうです。

 

バレーを引退した後もこのような形でバレーボールには携わっていたんですね。

 

ちなみにこの団体には中田久美監督も携わっています。
中田監督はこの団体の理事を務めています。

 

 

中田監督って色々やっているんですね!
全日本の監督もやりーの、MIPスポーツ・プロジェクトで理事やりーの。
充実していますよね!

 

 

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まとめ

 

いかがだったでしょうか。

 

今回は元バレーボール選手の大谷佐知子さんについて取り上げました。

 

  • 中田久美が勝てなかった天才バレー選手。
  • 怪我によりソウル五輪には出れなかった。
  • 現在はMIPスポーツ・プロジェクトに所属しバレーの指導をしている。

 

ということがわかりましたヽ(`・ω・´)ノ

 




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