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宮田正直の現在は?失った「大切なもの」や不慮の事故についても調査

2018/12/16
 







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12月16日に放送される「消えた天才」で取り上げられる宮田正直さんについて取り上げます。

 

宮田さんは消えた天才のホームページではこのように紹介されてます。

 

野球の超名門!元木大介や黒田博樹を輩出した大阪・上宮高校で、 “史上最高の逸材”と呼ばれた「天才ピッチャー」がいた。
しかしその後プロの世界で活躍することはできず…。しかもその天才は、
「ある大切なもの」を失ってしまう“アクシデント”に遭ってしまうことに…。
元チームメートの元木大介が本人を直撃。涙ながらに“アクシデント”を初告白!

出典:公式サイト

 

元木大介さんとチームメイトだった天才投手の宮田さんが失った「大切なもの」とはなんなのでしょうか。

 

 

ここでは宮田さんが失った「大切なもの」が何なのか、
また宮田さんを襲ったアクシデントについて調べましたのでご紹介します。

 

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宮田正直のちょっとしたプロフィール

 

出身地 大阪府松原市
生年月日 1972年7月31日(46歳)
身長 / 体重 173cm / 79kg
ポジション 投手
投球打席 右投げ右打ち
経歴 上宮高等学校→福岡ダイエー

 

宮田さんは1989年の「第61回選抜高等学校野球大会」にエースとして甲子園に出場しています。
チームメイトには元木大介さんや種田仁さんがいらっしゃいました。

 

 

決勝までコマを進めることができ、決勝戦は愛知の東邦高等学校が相手でした。
9回裏まで1-1の同点でしたが、10回表に上宮が1点勝ち越してその裏の東邦の攻撃。
2死ランナー無しの状態から四球・安打・適時打・味方守備のエラーで2点を取られてそのままサヨナラとなりました。

 

このサヨナラの場面は動画を見つけましたのでそちらもご覧ください。
(動画は東邦の10回裏の攻撃、2死1、2塁からの同点適時打&守備エラーでサヨナラのシーンです。)

 

これにより上宮の甲子園初優勝はなりませんでした。

 

同年の夏にも甲子園に出場しましたが、準々決勝の仙台育英戦で2-10というスコアで大敗。

3年生時の1990年には春夏と甲子園出場は果たせませんでした。

 

 

その年の秋に宮田さんはドラフト外福岡ダイエーホークスと契約してプロ野球選手となりました。
今ではほとんど見られない高校生自らが球団に売り込みに行くというスタイルで契約を勝ち取ったんですね。

 

 

12月11日 追記分

宮田さんがプロに入ったのは売り込みではありませんでした。
宮田さんは昔からプロ志望があったために取った行動が、
福岡ダイエー球団宛に「僕を取ってください」と手紙を書いて送ったそうです。

 

 

売り込みと言えば正装して自ら球団に出向いてアピールする事だと思うのですが、
宮田さんのやり方は売り込み以前のものですよね。
やってることは子供の頼み方と同じレベルですからね。

 

 

それでも福岡ダイエーは当時、南海から球団を買収し本拠地を大阪から福岡に移転して間もない頃でしたから、
甲子園の準優勝投手を取ることは話題性や人気の面でもってこいの選手だった為に
この様な型破りなやり方でも宮田選手と契約したんですね。

「失われた甲子園」より一部抜粋

 

 

しかし在籍5年間で一軍出場は1試合もなく、1995年で現役引退をします。

 

 

翌年の1996年からは打撃投手として活動し、2008年まで続けます。
2008年からはチーム付きスコアラーとして活動しています。

 

 

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宮田正直が失った「大切なもの」とアクシデントについて

 

さて、本題ですが宮田さんが失った「大切なもの」って何なんでしょうか。
また宮田さんを襲ったアクシデントとは何だったのでしょうか。

 

 

宮田正直を襲ったアクシデントについて

 

まずは宮田さんを襲ったアクシデントからお話しします。

 

 

これは宮田さんがプロを引退して4年後の打撃投手をしている時に起こりました。

1999年3月21日午前、福岡ドームでの阪神タイガースとのオープン戦前の打撃練習参加中に
打球が宮田さんの右側頭部を直撃するというアクシデントです。

 

 

これが宮田さんを襲ったアクシデントで、これで宮田さんは「外傷性くも膜下出血」を起こしてしまいました。
幸い意識はあったそうで、昏睡状態には至りませんでした。

 

しかし硬球が頭に当たっているので命に別状はなかったものの、
重い後遺症である記憶障害の症状が残ってしまいました。

 

 

宮田正直が失った「大切なもの」について

 

ここまで読んで察しがついた方もいらっしゃるかと思いますが、
宮田さんが失った「大切なもの」とは記憶障害によって失われた過去の記憶です。

 

 

先ほども書きましたが、打撃練習中にライナー性の打球が頭に直撃しています。
命に別状は無くてもの時にお見舞いに来てくれてたチームの同僚や選手やコーチの名前が思い出せないという状態が続きました。

 

 

そして宮田さんが特に思い出せないでいるのが、高校時代に甲子園初優勝がかかった東邦戦の試合です。

あの試合は宮田さんにとっても印象に強い試合内容だったろうにも関わらず、
今では全く思い出せないと言うのです。
一生懸命思い出そうとしてもダメで、何も思い出せないというのです。

 

 

これが宮田さんが失った「大切なもの」になります。

 

不慮の事故で記憶を失うってとても辛いことでよね。
しかも宮田さんの場合は自身が一番印象に強かったであろう東邦戦の試合内容の記憶もなくなっているんですから・・・

 

 

このような事故を見たり聞いたりして私はいつも思うのですが
「ピッチャーというのは怖いポジションだな」といつも思います。

 

 

速いライナー性の打球が来たら対処できないですからね。
反応する前にボールが自分の身体ないし頭に当たってしまいます。
しかも頭といってもヘルメットしているわけじゃないんで、当たりどころが悪ければ命を落としてしまいます。

 

しかも打撃投手となると、投手よりも少し前の方で投げなければならない(打者との距離は14mほど)ので
その分、打球が当たって大怪我する確率も上がってしまいます。

 

 

でも、選手たちはプロでやる以上はそれも覚悟の上でやってるでしょうからね。
すごいと思います。

 

 

今年もこのようなアクシデントは起きていた

 

宮田さんを襲った練習中の打撃が頭に当たる事故と言うのは今年、プロ野球界でもあったんですよ。
9月16日のソフトバンク対西武戦の試合前練習中に西武の栗山選手の打球がソフトバンクの柳田選手の頭に当たるという事故がありました。

 

 

この時は打球が一度バウンドしてから頭に当たったということで直撃ではありませんでした。
また柳田選手に骨折や内出血、脳振盪の所見は見られず大事には至りませんでした。

 

 

西武の選手たちが打撃練習を行なっている間グラウンドは使えませんので
ソフトバンクの選手たちはベンチ前のグラウンドでストレッチなどしながらチームメイトと談笑していたそうです。
その際にこのようなアクシデントが起ってしまいましたので、これから考えものですよね。

 

 

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まとめ

 

いかがだったでしょうか。

今回は宮田正直さんについて取り上げました。

 

12月16日の「消えた天才」で取り上げられると思いますが、
当日の放送で何か新しい情報がありましたらこちらで随時追記していこうと思います。




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