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川口知哉のプロフィールや現在の職業は?ビッグマウスについても紹介!

2018/11/08
 







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11月4日に放送される「消えた天才」で紹介される元プロ野球選手の川口知哉さんについて取り上げます。

 

日本のプロ野球で4球団から1位指名を受けた逸材であり、

また相当な自信家でビッグマウスでも知られています。

 

 

ここでは川口知哉さんのプロフィール選手としての特徴について、

また現在の職業ビッグマウスについてもご紹介していきます。

 

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川口知哉のちょっとしたプロフィール

出典:スポニチ

生年月日 1979年8月25日(39歳)
出身地 京都府城陽市
身長 / 体重 184cm / 86kg
ポジション ピッチャー
投球打席 左投げ左打ち
経歴 平安高等学校→オリックス

 

平安高等学校3年生の時の夏の大会で決勝戦まで行きましたが、

決勝戦の智弁和歌山戦で敗戦しています。

 

 

川口さんが甲子園で活躍していた頃には、

同時に井川慶氏や現阪神タイガースの能見篤史選手と並んで

高校生左腕三羽ガラスと呼ばれていました。

 

 

その中でも川口さんは甲子園出場経験があり、

実績がありましたのでプロからの評価も高かったんですよね。

 

 

1997年のドラフトで4球団からドラフト1位指名を受け、

抽選の結果オリックスが交渉権を獲得し、そのまま入団する形になりました。

 

 

実は川口さんは日本の球団以外にも海外の球団からもスカウトを受けていたんですよ。

シアトル・マリナーズ契約金300万ドル(当時額で3億7800万円)という破格の契約金を提示していました。

しかし川口さんは当時からオリックス入団希望を公表していましたので、

このような好条件に目もくれずにお断りを入れたそうです。

 

 

あの野茂さんがドジャースと契約をした時も契約金は200万ドルでした。

それを考えると川口さんって当時は野茂さん以上の大物ルーキーだったことが伺えますね!

 

 

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川口知哉の選手としての特徴について

 

ストレートは140キロ台でしたが、大きなカーブがありました。

 

 

このカーブの落差が大きかったため、「消える魔球」と形容されていました。

このカーブで三振を多く奪っていき、甲子園で通算51個の三振を奪いました。

 

 

昔はカーブを投げる人が多くいたんですよね。

そしてスライダーを投げる人が少なかったという今の野球とは真逆だったんですよね。

 

今はスライダーを武器にしている投手が沢山でてきていますからね。

 

 

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川口知哉やプロではなかなか通用しなかった

 

高校時代に無双して注目されていた川口さんでしたが、

プロに入ってからはなかなかその実力が発揮されませんでした。

 

 

特に苦しんだのは制球力です。

高校時代からコントロールに関してはアバウトではありましたが、

ボールの切れで勝負できていました。

 

 

しかしプロに入ると本当に野球の「プロフェッショナル」な世界なので、

コントロールも良くしていかないと通用しません。

 

そのため川口さんの元には色々なコーチが投球フォームの改造を提案していました。

その様々な提案を川口さんは全て受け入れてしまい、
その結果、高校時代に無双していた投球フォームからは程遠いフォームとなってしまいました。

 

川口さん本人が投げたこともない投球フォームになっていたとのことです。

 

 

その結果、毎年の様に投球フォームを変えながら試行錯誤していたなか、

ある2軍での試合で6個の暴投を記録してしまいました。

 

 

またある試合では1試合で15個の四死球7連続与四球を出してしまうなど、

不名誉な記録が次々と更新されていってしまい、コントロールに相当苦しめられました。

 

 

結局プロでは実働6年間で勝利数は「0」

1軍の試合には通算で9試合登板に留まり、

0勝1敗 12回を投げて14奪三振 7失点(自責5)防御率は3.75でした。

 

 

それでもイニングを上回る三振の数を奪っている所はさすがだなと思いました。

高校でのドクターKは偽物では無かった事が証明されていますね。

 

それでもプロの世界では結果が残せなかったため、

2004年のオフに戦力外通告を受けた後、現役引退を表明しました。

 

正直言って川口さんはコーチに潰されたと言っても過言ではないでしょうね。

 

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川口知哉やかなりの「ビッグマウス」だった

 

そんな川口さんですが、高校生の時からかなりのビッグマウスでありました。

 

1997年の甲子園大会2回戦・高知商業戦で完封勝利をあげた時のインタビューで

「次の試合で完全試合を達成します」

と豪語してみたり、(結果は完投勝利。被安打6、失点2)

 

 

オリックス入団直後の春キャンプでも

「新人王をとります」「20勝はしたい」

と発言しており、当時のスポーツニュースを賑わせていました。

 

 

今ではあまり考えられないですよね。

今の若い子たちはみんな謙虚でちょっと度が過ぎるくらい謙虚ですけど、

川口さんはかなりのビッグマウスっぷりを発揮していました。

 

 

極めつけには当時のオリックスの監督であった仰木彬監督に

「ワシはいつになったら一軍で投げさせてくれるねん!」

といった口調で直訴したこともあったそうですよ!

 

どんだけビッグマウスやねんww

 

 

しかしこれらのビッグマウスっぷりは

自身の成績が下降していくごとに減っていったとのことです←

 

 

追記

川口さんのビッグマウスはご自身が意識して発言していた訳では無かったみたいですね。

 

「完全試合を達成します」と発言したのは記者からの強気なコメントを要求されていたからだそうで、
自分では完全試合をしてやろうとは全く思っていなかったみたいです。

川口さん御本人の性格は非常に真面目な性格で、プロのコーチからのフォーム改造助言も全て聞き入れる程の真面目な方だったんですね。

 

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川口知哉の現在の職業について

 

現在、川口さんは何の仕事をしているのでしょうか。

 

 

調べた所、現在は女子プロ野球「京都フローラ」という球団で監督を務めています。

 

 

女子プロ野球界に携わっていたんですね!

 

川口さんは2010年から2012年まで現在の「京都フローラ」でコーチを務め、
2013年から2014年までは現在の「愛知ディオーネ」で監督を、
2015年からは統括ヘッドコーチを、
2016年からは愛知ディオーネのヘッドコーチを務めており、

今年から京都フローラの監督に新たに就任したということです。

 

 

 

今はこんな面影になってしまっています。
だいぶ太ってしまわれましたね(´・ω・`)

 

 

でももう8年も女子プロ野球でコーチ・監督を務めていらっしゃるんですから、
野球関係の仕事をやっているという事が分かってちょっと嬉しい気持ちになりましたね。

 

物凄い期待を背負わされてプロの世界に飛び込み、
そこで厳しい現実をつきつけられるともう野球からは離れていってしまいがちですが、
またこうして野球関係の仕事に携わっているという事は、
川口さんもやっぱ野球が好きなんだなーって思いますね。

 

 

ちなみに川口さんの京都フローラ監督就任1年目は見事シリーズ優勝を果たしています!

ただ今月に行われた年間女王決定戦では「愛知ディオーネ」に破れたため、年間女王の称号は手に入れれませんでした。

いわゆる日本シリーズみたいなものですね。

 

川口さんの監督としての手腕が発揮されて優勝を手にしたのは凄いですよね<(`・ω・´)!

 

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まとめ

 

いかがだったでしょうか。

 

今回は元プロ野球選手の川口知哉さんについて取り上げました。

 

今回も「消えた天才」というTV番組で紹介された方の記事を書きましたが、
他の方も紹介していますのでよければそちらもご覧ください!

 

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